師走の日々

クリスマスが終わってしまった。部屋に飾っていたクリスマスグッズを片づける夜。沢山の蝋燭やトナカイさんや手作りのパッチワーク靴下や・・・結構クリスマスデコレがいっぱいあって、また来年!と言いながらお別れをした。クリスマスは多分1年で一番好きな日だから、今年も終わってしまったなぁ・・・そう思うとなんだか急に寂しくなってしまう。
クリスマスの昨夜は近くの公民館でのヨーガレッスンだった。クリスマスだから!と、家じゅうのキャンドルを持って行って、キャンドルナイトヨーガ?!(ただ蝋燭を灯してヨーガしただけだけど)をして、レッスン後はささやかながらデパ地下で買ったクリスマスチョコ?をみんなにプレゼントした。
「良い年を迎えて下さい!」そう言い合って帰った。公民館の夜レッスン、今年最後の夜だった。

夜10時過ぎに帰ってから、お風呂に入り、いつものようにレッスンの反省をノートに記してから、再びキャンドルに灯りを灯し、昨夜の残りのワインを飲みながら一人静かに聖夜を過ごした。
テレビを付けたら小田和正のコンサートが放映されていた。光の向こうに小田さんの歌が響いていった。彼の唄が描く世界は胸の奥にずんと染み入ってくるなぁ・・・と、改めて思った。
「頑張っても、頑張っても、上手くいかないことがある。でもそんな君を見ている人がいる。」歌詞のフレーズが胸の奥に届く。これがサンタさんからのプレゼントかな。そう思いながらキャンドルの炎を見続けていた。眠るのが惜しいクリスマスの夜だった。

2012年が終わろうとしている。昼間の公民館レッスンも今日が最後だった。レッスン後、半年前からヨーガを始めた生徒さんが近づいて来て・・・「先生、ずっと飲んでいた薬がもう飲まなくていいほどになりました。先生のヨーガに出会えて本当に良かったです」と、ずっと体調が優れず病院通いが続いていた生徒さんから嬉しい声を聞いた。
その声の一つ一つが私の今を支えてくれている!誰かの役に立つ自分でいること。誰かの痛みを一緒に抱えていける自分であること。今年も、来年もきっとこの思いは変わらない。
見つめ続けている自分でいたい。そんな私を見つめ続けてくれる人に支えられながら。
明日、明後日とレッスンを終えたら、やっと年末&お正月を迎える。
もう少し頑張らんと・・・・!!だね。
今年の冬はことのほか寒い。風邪ひかないように、とにかく心温かくして過ごして下さいね!!変わらずの一歩一歩。

ホワイトクリスマス?!?

クリスマスイブイブディの日曜日、朝からぐんと気温が下がり、日中は霙舞う寒い一日だった。いつもながら忙しい毎日から解放されてほっとする日。やっと年賀状を書き上げた。1年に1度、その人を想いながらささやかな一言を記す。「会いたいね・・・」その一人一人に向かい合いながら、無性に会いたくなった。それって私の人生が残り少なくなったから?!?

ほとんどテレビは観ないけれど、ほっとする時間には時々地元天神FM局のラジオ番組を聴きながら、自分時間を過ごす。ラジオによるとクリスマス前のサンディ天神はすごい人で賑わっていたらしい。「あなたの一番思い出に残っているクリスマスを教えて下さい」番組内での呼びかけに寄せられた想い出話を聴きながら、私の過ぎ去ったクリスマスの想い出にしばし心を遊ばせる。
一番想い出に残っているのは・・・・そうだなぁ、やっぱり産まれて初めてずっとずっと欲しかったミルク飲み人形をサンタさんにもらったあのクリスマスの朝かな。枕元に届いたサンタさんのプレゼントを見つけたあの朝の嬉しさは今でも決して忘れることはない。そしてそんな素敵な想い出を作ってくれた両親に一番感謝だね。明日はもうサンタさんは来ないけれど、今年いただいたたくさんの愛に感謝をしながら、心温かいイブを過ごそうと思う。

新幹線が鹿児島まで伸びて、博多から鹿児島までなんと1時間20分ほどで行けるようになった。仕事のない月曜日、ふらっと鹿児島に行った。この前鹿児島に行ったのはいつだったか?考えたら30年以上前だった。ゆったりシートの新幹線はあまりにも快適で、あっという間に南国に着いた。
近県在の友人と一緒に知覧まで足を伸ばした。「特攻隊記念館」はとっても重くて、胸の奥が締め付けられるようだったけれど、ちゃんと見なくてはいけない!!逸らしてはいけない私たち日本人の過去の過ちが、深い深い傷がそこにあった。その全てをしっかり全身で受け止めた。張り裂けそうな胸を抱えて外に出た。私が生まれるわずか6年ほど前、今からそんなに遠くはない日々に、こんな悲しい現実があったなんて。20歳にも満たない若者たちが、弾丸なって逝った。胸の奥が痛く、痛みで熱くなった。
出来れば逃げ出したい思いを抱えながら、逃げ出さず最後までちゃんと向かい合った。広島の原爆ドームもそうだけれど、ちゃんと見なくてはならない場所がある。愚かな人間に警鐘を鳴らす場所。

鹿児島市内に戻り城山に行って桜島を眺めた。降り注ぐ火山灰に傘を差して登校した日々を思い出した。本当に久しぶりに眺めた桜島はとても優しい姿をしていた。
夕方友人と別れ、せっかく鹿児島に来たのだから、黒豚食べんとね!!と駅の隣ビルにある鹿児島黒豚を味わえる地元専門店でお手軽価格の黒豚しゃぶレディズディナー(2,000円)を頂く。窓の外に広がる夜景を眺めながら、まずは生ビールで一人乾杯?し、後は当然ながら地元焼酎のお湯割りで・・・いやぁ〜!!美味しかったです。豚しゃぶも焼酎も、コースの〆のデザートも!!もちろん完食!一人ディナー約1時間半後、ビルの中にある紀伊国屋書店で「永遠のゼロ0(百田 尚樹著)」を買って夜8時前の新幹線に乗った。
久しぶりの旅気分を満喫した1日だった。この1年頑張った自分にご褒美の1日だった。またふらりと日帰り旅に出ようかな。来年は積極的に?!一人旅をしよう!そう心に硬く誓った。

寒い寒い日。猫のディスコくんはずっと私と一緒にホットカーペットにへばりついていた。明日はクリスマスイブ。ターキーを焼いたイブの夜が懐かしい。もうターキーは焼かないけれど、美味しいチキンとチーズと赤ワインは明日天神まで出かけてご用達して来よう。明日はひょっとしてホワイトクリスマス?かな。いくつになってもクリスマスは特別な日。特別な日をどんな風に過ごそうか・・・胸少しわくわくのイブイブの夜。

やはりの結果・・・

万歳と叫んでいるテレビの画像をかなり冷めた目で観ている夜です。
万歳って?なんやねん?浮かれてる場合かよ?(ほとんど怒り!)
福島原発の問題はそのまんまやし、若者の雇用状況は厳しいまんまやし、
沖縄の問題なんてなんも解決してないし、対外的な対処だって・・・
どれもこれも今回政権を取り戻した政党が以前政権を取っていた時とほとんど
変わらない状態なんだけれど。
あれからの3年間、この国はずっと低迷の中でなんの変化もなく過ごして来たんだな!と、
改めて思う。

選挙で通ったら、万歳で終わりなんだよね。本気でこの国の今を思っているのか?
?マークだけが並び続ける夜。
いかん!!どこかに希望探さんと!!国民の心が政治から離れる・・・
それこそ国として一番憂慮すること。一市民の私が混乱したままの夜。
少し頭整理して、また一歩一歩。結構一人一人が真剣に考えて頑張らんといかん
時代になってるんだよ!!政治家にすべてを任せてはいけない!!
やや興奮気味の夜。

ずっと一緒に歩いて来て・・・

82歳のクリント・イーストウッドが主演する映画「人生の特等席」を観に行ってきました。もう何十年も観続けて来た俳優の一人。もう一人は高倉健さま。結構好み渋い!?!私の人生をずっと一緒に歩いて来た人と勝手に思っている。ファンの特権!思うのは自由だから。
最初に観た映画は多分、1964年の「荒野の用心棒」だったかな。で、ちゃんと向かい合うようになったのは、1992年の「許されざる者」以来か。それからもう20年。その20年間で記憶に残っている作品は、95年「マディソン郡の橋」、99年「トゥルー・クライム」、04年「ミリオンダラーベイビー」、06年「硫黄島からの手紙」「父たちの星条旗」、08年「チェンジリング」「グラントリノ」、09年「インビクタス 負けざる者たち」、10年「ビアアフター」、11年「Jエドガー」などなど。
その中で一番好きな作品は?と、問われたら、う〜ん、選ぶのが難しい!監督としてはやはり「チェンジリング」かな。俳優としては「ミリオンダラーベイビー」で、今回は監督でもないまっるきり俳優業に徹した作品。しかも彼はすでに御年82歳。普通なら主役はかなり無理!かもですが、なんというか見事に老いを演じつつ、老いがマイナスではなくプラスとなることを声高に訴える、高齢者に片足をひっかけつつある身としては、かなり元気と希望を貰える内容の映画でした。

挿入歌「You're my sunshine」の唄がいつまでも心に響き続けた。亡くなった妻の墓の前で、ビールを飲みながら口ずさむ唄。字幕を追いながらこの歌にこんな深い思いがあったなんて!と、驚きながら感動した。カントリー調の曲でジャンベの軽いリズムに乗って歌われることが多かったから。
「You're my sunshine My only sunshine  You make me happy when shines are grays  You'll never hnow how mush I love you Please don't take sunshien away.」
日本語訳は・・・
「君は僕の輝く太陽なんだ  僕のただ一人のこころの太陽なんだ  どんな時も、君は僕を幸せにしてくれる 僕が君のことをどれだけ愛していあるか、君は知らないんだろう  僕の太陽、どうか僕を一人にしないで!」
愛の唄なんだ・・・と、改めて思った。遅いよ!!だけど。こんな言葉は生きてる内に言われたかったかな・・・と、思ったり。
イーストウッドが流す涙がきらきらと輝いて胸の奥に広がっていった。一番印象に残ったシーンだった。

日曜日の朝から唇が腫れて、かなり不快な状態だった。今日病院に行ったら口内炎ですと言われた。それもかなりひどい状態らしい。そういえば土曜日の夜は何度もひどい寝汗をかいて目覚めたっけ。体調の悪さを気づかぬ私。ヨーガの指導者として失格だな!とまた少し落ち込みつつ、気分転換に行った映画の世界で救われた!?!

まだもう少し追っかけ?したいから、どうかお元気で、またお会いしたいです。ずっとずっとあなたと一緒に歩いてきました。これからもきっと、一緒に・・・!!
そう願いつつの夜。早く寝なくては!!

寒波襲来の週末

寒いです〜!!この冬初めて霙交じりの雨が、いや雪と言った方がいいのか、そこんとこぎりぎりのもんが降りました。この冬一番の寒さを記録した日曜日でした。
そんな中でも元気印の私!どんなに寒くてもエネルギー全開でほっかほっかの体!夜中に何度か火照った足を布団から出して冷やす?!ほどでして。真冬でも羽毛布団一枚で、毛布はもう10年近く着たことがない!!
今から数十年前?の30代頃は冷え性で靴下を履いて湯たんぽをして寝るほどだったのに。すべてヨーガのお蔭。レッスンの時にしばしば自分の体験談を話す。自ら体験したことだから、説得力あり!!だよね。

今年初めての忘年会は週末の土曜日、スタジオレッスン後、スタジオのスタッフと一緒に、私のご用達?のお店「魚男 Fish Man 」で。集合場所の警固公園はクリスマスイルミネーションの光いっぱいで、人もいっぱいで、今年初お目見えしたメリーゴーランドも寒さに負けず大盛況だった。実は小さい頃から遊園地の遊具で唯一乗れて、大好きだったのがメリーゴーランド。そして何よりも崇拝する!?映画監督ルコントのフランス映画にも何度も登場する憧れの遊具・・・それがメリーゴーランド!!子供たちがいっぱいのメリーゴーランドの前で乗りたい気持ちを押さえシャッターを押す。

新鮮な魚料理と七山村の美味しい野菜いっぱいの料理。仲間内の話は尽きることなく・・・今年病床にある母親の介護をするため、15年近く続けてきたヨーガインストラクターの仕事を整理して、スタジオから離れて行った仲間とも再会をした。
会った瞬間、天使のように純粋で無垢な心を抱いた彼女の周りには、以前以上に一層眩しい程の光が輝いていた。彼女の献身的な努力のお蔭で、お母様は信じられないほどの回復をしているとか。彼女の選択が間違っていなかったことを確信をし、幸せを共に分ち合った。

ずっと続けて来た日常を変えることは結構難しい。いっぱいのしがらみを切り捨てるのは簡単ではない。でも、愛するもののために今何が出来るか?何をすべきか?問いかけ、その思いを実行に移した彼女の生き方に一杯学ぶ。
いいなぁ・・・志を同じにして闘って?いる仲間との時間は本当に楽しい。話を聞きながら自問する。私はどうなのか??
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去っていく。
これから私、来年の私はどんな方向に向かっていくのだろう??その夜は中々寝むれないまま自問を繰り返していた。そんなに悩んでも登らない太陽はない。ひたすら今を歩き続けるしかないっか。道はその前に現れる・・・・そう信じて今週も一歩一歩。

冬来たる週末

急に寒くなりました。慌ててストーブを出して灯油を入れて、この冬初点火?!した土曜日。今週はまた一気に気温が下がるとか。暦も最後のページ、師走となって、「冬来たる!!」実感の週末。
先週末の日曜日から別府に入り、翌日の月曜日から木曜日の朝まで、高齢の母が一人で住んでいる、かっては鉱山で栄えた県南の村に帰っていました。
姉から手渡された今回の帰省ミッションは四つ・・・カボスの最終収穫、表側の窓ふき、二階の部屋の掃除、そして母の薬貰いも兼ねた病院での検診。

村の紅葉はほとんど終焉を迎えていて、家の店先(たばこ屋です)には近くの名水館(沸かし湯処)前に立つ紅葉の落葉が、吹き溜まり状態で集合していた。散りゆく秋、晩秋から初冬へ逝きすぎる季節の境目にあった。久しぶりの母んち。仏壇の前に座り、逝ってしまった祖父、祖母、そして父に真っ先に挨拶をする。「お父さん、ただいま!帰って来たよ!」
お盆以来3か月振りに会った母は、一層動きが緩慢になり、同じことを繰り返して言う回数が増えていた。

翌日母を車に乗せて薬を貰いに病院に行った。ついでに検査もして貰って、その数値を知らせるようにと姉から言われていたので、「薬だけでいいです」という母を制しつつ、「検査お願いします!」とミッション遂行!糖尿病の持病がある母。ヘモグロビンa1cの数値が少し下がっていてほっとする。すぐに姉にメールで知らせる。
お昼は「うめりあで食べようか」という母の提案に車を走らせて、この近辺では唯一の観光名所?お立ち寄り処、道の駅「うめりあ」に行く。

久しぶりに母と二人、お外でランチ!!私は名物「だんご汁定食」母は「しし卵丼」を頼む。だんご汁とは小麦粉をこねて寝かした後、手で伸ばした麺(名古屋のきし麺に似ている)と、里芋や人参、椎茸、白菜やカボチャなど旬の野菜もいっぱい入ったみそ味の汁で、かっては母の自慢料理のひとつであった。
「お母さんが作っただんご汁が懐かしいわ」と言ったら、「もう作り方も忘れたわ」と母。片手で魔法のように麺を捻り出していた?かっての母の姿を思い出して少し胸が熱くなった。あの時の母はもういない。
母が頼んだのは地元で獲れた猪肉の卵とじ丼ぶり。母の好きなやや甘め味。結局残した母の分も食べ、満腹で完食!

翌日は少し離れた裏の山?でカボスの最期の収穫をして、「ダツ(竹で編んだ背負い籠)」に一杯のカボスを入れ、気合入れて背負って持ち帰る。強靭な腰もほとんど限界状態になる。そして絞り機でカボスの果汁を絞り出す。右手が悲鳴を上げる。手首の血管が腫れ始めたころやっと1リットル分の果汁を絞り終わる。田舎の生活は体力勝負!高齢の母が出来ることが年々なくなっていく。
窓ふきもした。二階の三つつなぎの三部屋も掃除機をかけ、廊下、床の間も雑巾で隅々まで拭いた。母の食事も10食近く作り置きをした。月曜日から3泊4日まったくよく働いた。ほとんどくたくたになるまで働いた。
木曜日の朝、「また帰っておいで」と母に見送られて、一人4時間近く車を運転して福岡に戻った。
帰りついた夜、母に電話をした。「今、夕飯を食べて片づけようとしていたところだった」と母。あの家で一人夕飯を食べている母の姿を想って胸が痛くなった。仕方ないけれど、いろいろと辛くて痛いことばっかだなと思った。
でも、生きているから辛かったり、悲しかったり、嬉しかったり、こころが感じることが出来るんだ!それを幸せと思って生きなくては!そう改めて思って、自分を元気づけたりした。
今週から一層忙しくなる。師走だから。今週もこころ丁寧に、想い温かく、一歩一歩。

三連休

昨日の勤労感謝の日から、土・日曜日と巷では三連休の週末ながら、私はずっとお仕事!スタジオがある福岡の中心地天神界隈は溢れ返るような人でいっぱいだった。スタジオ近くにHKBのショップがある。HKB・・・AKBの地元版!?何があるのか若い少年たち?が長蛇の列をなしていた。なんだかんだあっても平和だなこの国は!と思った。

今日のレッスンは2時間のスペシャルレッスン。いつも以上に心配り、周到な?準備後レッスンへ向かう。参加者は私のレッスンお馴染みの人ばかり。丁寧に体をほぐしながら、体と心の気づきに導いていく。休息の時間はクリスタルボウルの演奏。今日はマイクリボウくんも参加。最近衝動的に買い求めたクリボウ。かなり深い癒し音を響かせてくれている。胸の奥に響く4番のチャクラ(エネルギーポイント)を刺激し、心&体全体を、「深い愛」で満たしてくれる。

「体の奥が徐々に開眼していくような、とても気持ち良い気づきがいっぱいでした」レッスン後いただいた感想の言葉が、私を支えてくれる。ありがとう!また、来週も頑張れる!支えられている今に感謝。明日はスタジオイベント後、大分へ車を走らせる。夜の高速は怖いから、出来るだけ早く走り始めたいけれど。まずは仕事優先!!
木曜日まで農婦になりつつ、高齢の母のお世話に全力で頑張ります!!
胸いっぱいの思い大切に、一歩一歩・・・